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辞めなくてもいい、漫画

後藤正文さんのブログ記事「辞めなくてもいい音楽」を読みました。

音楽的に評価できるかは別として、音楽を(売れないからといって)辞める理由は無いはずだと主張している氏の記事は、元バンドマンの私にも強く揺さぶりをかけてきました。
それに、漫画のレーベル代表の側面である私にも、この会社を始めた時の気持ちを思い起こさせてくれました。

商業大手の出版社は、資本・ちゃんとした編集部・調整能力を有しています。
本を売りたければ、決められた額ですが資金投入をして、効果的に様々な宣伝も可能です(アニメ化も)。
また、その「何が効果的か」を知っていることでしょう。
書き手からすれば、「商業デビュー」はあるひとつの大きな目標であり、自分の技量の目安としている方も多いのではないでしょうか?

やはり商業大手には、私達は敵いません。
しかし、商業大手は「商業」しなければならないゆえに、書き手に無理な工程を強いなければならなかったり、書き手が書きたいものを書かせてくれなかったりします。
あと、著作権のあり方も非常に曖昧です。
(ここら辺は、漫画家・佐藤秀峰さんのブログやツイートに詳しいです)

音楽も漫画も、表現の一端であり、エモーショナルな部分を揺さぶる画期的な装置であります。
商業、資本主義的な表現だけを考えるばかりでは、エモーショナルな表現を、自分の根幹を揺さぶる価値観との出会いは、フォローしきれないのでは無いでしょうか?

インターネットが普及し、SNSや動画サイトが普及し始めた2006年以降確実に表現の仕方が増えていきました。
どれだけ無名な人が書いた絵でも、いろんな人から評価を受けられるようになりました。

後藤正文さんも、

『時代は変わって、俺らの目の前にはインターネットという巨大なライブラリが存在する。このなかでは、例えば絶版や廃盤がない。CDや本にしなくたって、誰かに何かを届けることが可能になった。』

『ある種の権威や、権威を笠に着るバカや、業界人や、CDや書籍にする作品を選ぶ人たちに選ばれなくても、作ったそばから、自分たちで音源をネット上に公開することだってできる。これは本当に素晴らしいことだ。』

と記しています。

日本人は、どうしても業界人=プロフェッショナル=正しいと判断しがちです。
そこに権威や力が生まれ、圧倒的なパワーで表現を均したり、デビューへの門戸を形成しています。

私がこの漫画レーベルを始めた数年前より、「たった今から描き始めた人が挫折するような環境しか用意出来ない社会・空気」を、私は少しづつ感じ始めていました。
漫画家がテレビに出てきてあれこれ語る姿や、漫画論を披露する姿に違和感しか感じません。

そうではなくて、作者である貴方が面白いと思う作品を書いて欲しいと思います。
そして、それがオリジナルならば少しでもリターンできるよう、頑張って売っていくためにレーベルを用意しました。
(更にオリジナルを扱うということは、著作権の非親告罪も児童ポルノ法改正も、我々の意思で回避することができますよね。これは後日ブログに書きます)

この後藤正文さんの言葉に、私の言いたい事はまとめられています。
最後に引用して、僭越ながら漫画を書く全ての方のエールとさせてください。

『やめなくてもいい方法をどうにか見つけてほしい。それが案外、この国の文化にとって豊かな土壌になるような気がする。』

(2017.05.20)
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